2020年03月19日

新型コロナウィルスに関する人事労務Q&A

【公表日:2020年3月19日】
【最終更新日:2020年4月7日】
【作成者:弁護士 横木雅俊】

既に厚労省が作成した新型コロナウィルスに関するQ&A(令和2年4月6日時点版)が公表されているところですが、厚労省のQ&Aでは十分に解説がなされていない労働問題・労働法関連のトピックを中心に、以下のとおり、Q&Aを取りまとめました。
ご不明な点やお問い合わせ事項がありましたら、info@ym-partners.com宛にご連絡下さい。

なお、いずれのQ&Aも、個別事案の実情に応じて結論が変わることもあり得ますので、ご留意ください。


Q1 在宅勤務制度を導入するにあたって注意すべき事項を教えてください。

A1 在宅勤務制度の内容を明確に定め、従業員と会社の間で認識の齟齬が生じないようにすることが重要です。
認識の齟齬が生じやすい事項としては、例えば、以下の事項があります。
①従業員が希望すれば在宅勤務をすることが可能になるのか、それとも、会社からの許可や命令があった者のみが在宅勤務をすることが可能になるのか
②自宅ではなく、カフェなどで業務を行うことも可能なのか
③在宅勤務中の労働時間をどのような方法で把握・管理するか
④従業員自身の判断で時間外労働や休日労働をすることが許容されるか
⑤在宅勤務に必要な通信機器等の物品の購入費用や通信費を会社と従業員のいずれが負担するのか

 


Q2 当社の就業規則には配置転換に関する定めがあるものの、在宅勤務に関する定めは存在しません。そのような状況下で、従業員に在宅勤務を命じることは可能でしょうか?

A2 会社と従業員の間の合意に基づいて在宅勤務を実施することは、就業規則に根拠規定がなくても当然に可能ですが、今回のご質問は、従業員から同意を得ることなく会社から一方的に在宅勤務を命じることができるか、というものです。
この点について、厚労省の「テレワーク導入ための労務管理等Q&A集」のQ1-11では、就業規則に根拠規定が必要であるとされています。学説上も、「労働契約上配転命令権が根拠づけられていれば命じうるとも考えられるが、配転命令権は一般に使用者の管理する施設への配置を意味するものとして規定されていると考えられるため、労働契約上の根拠を設定する際には、在宅での勤務を命じる場合がある旨、明示的に規定しておく必要があると思われる」との指摘が見られます(竹内(奥野)寿「在宅勤務とワーク・ライフ・バランス」ジュリスト1383号86頁(2009年))。
これらを踏まえると、上記A1のとおり、在宅勤務制度の内容を定める規程を作成し、その中に、会社から在宅勤務を命じることができる旨の定めを設けておくのが確実です。
もっとも、私は、少なくとも、新型コロナウィルスが流行している状況下において、従業員への感染リスクの軽減(すなわち、従業員の安全確保)を目的として、時限的な措置として在宅勤務を命じる程度であれば、就業規則に明示的な根拠規定がなくても、労働契約に内在する人事権ないし指揮命令権の行使として可能ではないかと考えています。

 


Q3 在宅勤務中の労働時間の把握・管理は、どのようにして行えばよいでしょうか?

A3 在宅勤務者から始業時刻と終業時刻をメールで報告してもらったり、クラウドによる勤怠システムに直接始業時刻と終業時刻を入力してもらうことなどが考えられます。
労働時間の把握に関しては、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」もご参照ください。

 


Q4 業務の性質上、在宅で担当業務を処理することが困難な従業員もいるため、そのような従業員にはオフィスで勤務をしてもらいつつ、それ以外の従業員には在宅勤務をしてもらっています。在宅での処理が困難な業務を担当している従業員から、在宅勤務の希望が出た場合、会社として、それに応じなければならないのでしょうか?

A4 会社の許可や承認がなくても、従業員本人が希望すれば在宅勤務を実施できるような制度を導入している場合は別ですが、そうでなければ、会社は、従業員の希望に応じる義務まではなく、したがって、会社で処理することが困難な業務を担当する従業員からの在宅勤務の申し出を断ることも可能です。
ただし、会社は、安全配慮義務(従業員の安全に配慮する義務。労働契約法第5条)を負っていますので、オフィスで勤務を継続すると新型コロナウィルスに感染する具体的な危険性があるなど、従業員がオフィスでの勤務に抵抗を示している理由・要因によっては、その危険を除去するなど、従業員の安全確保のために適切な対応が求められることはあり得ます。

 


Q5 就業規則に基づいて在宅勤務を命じたところ、ある従業員から、自宅には業務に適したデスクも椅子もないため、オフィスで業務をしたいという申し出がありました。会社として、どのように対応すべきでしょうか。

A5 オフィスを完全に閉鎖しているわけではなく、一部の従業員はオフィスで業務をしているのであれば、申し出を受け入れることもあり得ますが、オフィスで新型コロナウィルス感染者が発生したなどの事情から、全社員に在宅勤務を命じ、オフィスを完全に閉鎖している場合には、自宅の環境を整えたうえで在宅で業務を行うよう指示せざるを得ないと思われます。
なお、自宅の環境が業務に適したものか否かを検証するに当たっては、「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が参考になります。

 


Q6 在宅勤務をする従業員に通勤手当を支払う必要はありますでしょうか?

A6 賃金規程の定め方によっても結論が変わり得ます。例えば、賃金規程において、通勤手当が実際にオフィスに出勤することで発生する交通費の実費相当額を支払うものである(逆に言えば、出勤しない場合には通勤手当が支給されない)旨の定めがあれば、発生していない交通費相当額を通勤手当として支払う必要はありません。
他方で、実際にオフィスに出勤するか否かにかかわらず通勤手当が支給される制度設計になっている場合には、在宅勤務中の従業員にも通勤手当を支払う必要があるでしょう。

 


Q7 在宅勤務者が自宅のインターネット回線を利用する場合、その通信費の全部又は一部を会社で負担しなければならないのでしょうか?

A7 会社が必ず負担しなければならないわけではありませんが、従業員に負担してもらう場合には、就業規則にその旨を規定しておく必要があります(労基法89条5号)。
いずれにしても、上記Q1のとおり、従業員と会社の間で認識の齟齬が生じないようにすることが重要です。

 


Q8 在宅勤務規程を作成したいのですが、何かサンプルはありますか?

Q8 厚労省の「テレワークモデル就業規則」が参考になります。

 


Q9 在宅勤務制度の導入に要する費用(弁護士費用や通信機器の購入費用など)を助成する制度はありますか?

A9 以下のような助成金があります。
時間外労働等改善助成金(テレワークコース)
テレワーク導入促進整備補助金
このうち①は、助成金の申請よりも前に支出した費用も助成の対象となる使い勝手の良い制度となっています。

 


Q10 在宅勤務に関連して、他に参照すべき資料はありますか?

A10 以下の資料が参考になります。
情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン
テレワーク導入ための労務管理等Q&A集

 


Q11 厚労省のQ&Aには、「労働者及び使用者は、その合意により、始業、終業の時刻を変更することができます」という記載があるのですが、個別に従業員の同意を得ることなく、会社から一方的に変更を命じることは許されないのでしょうか。

A11 就業規則に、始業時刻・終業時刻の繰り上げ・繰り下げを命じることができる旨の根拠規定がある場合には、従業員から個別に同意を得なくとも、この規定に基づいて、始業時刻・終業時刻の変更を命じることが可能です。

 


Q12 都道府県知事が行う就業制限により従業員が休業する場合の取扱いについて、厚労省のQ&Aでは、一般的には休業手当を支払う必要はないとされていますが、無症状の場合には、在宅勤務をさせた上で賃金を支払うという取り扱いも可能なのでしょうか?

A12 感染症法に基づいて都道府県知事が行う就業制限は、多数の者に接触する業務を行ってはならないというものであって、在宅勤務まで制限するものではありません。
したがいまして、都道府県知事から入院の勧告がなく、医師からも入院ではなく自宅待機を指示された従業員が、無症状で在宅勤務が可能であって、本人も在宅勤務を望むのであれば、在宅勤務をさせた上で賃金を支払うという取り扱いもあり得ます。

 


Q13-1 在宅勤務では処理することが難しい業務を担当する従業員の中に、新型コロナウィルスによるものと疑われる症状が出ている者や新型コロナウィルスに罹患した人物と濃厚接触したことが判明した者がいます。これらの従業員に対して、出社を控えるよう命じることは可能ですか?

A13-2 ご指摘のケースであれば、業務上の必要性・合理性がありますので、業務命令の一種として、そのような命令を発することは可能だと考えられます。

 


Q13-2 新型コロナウィルスによるものと疑われる症状が出ている従業員が出社を続けています。出社を認めることができるか否かを判断するために、医療機関での受診を命じることはことは可能ですか?

A13-2 新型コロナウィルスによるものと合理的に疑われるのであれば、可能だと考えられます。感染症の事案ではありませんが、裁判例においても、就業規則に受診命令の根拠規定がなくても、合理的な理由があれば、受診命令が可能と判断したものが複数あります(大建工業事件・大阪地決平成15年4月16日、京セラ事件・東京高判昭和61年11月13日、空港グランドサービス事件・東京地判平成3年3月22日)。
もっとも、医療機関を受診しても、新型コロナウィルスへの感染の有無を検査してもらえないケースもあるようですので、その点には留意が必要です。

 


Q14 在宅勤務では処理することが難しい業務を担当する従業員の中に、新型コロナウィルスによるものと疑われる症状が出ている者や新型コロナウィルスに罹患した人物と濃厚接触したことが判明した者がいたため、出社しないよう命じました。この場合、会社から給与や休業手当を支払う必要はありますか。

A14 会社からの命令によって従業員を休業させた場合の金銭面の取扱いは、就業規則に特殊な定めがない限り、①民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」に該当するとして、給与全額を支払う必要がある場合、②給与全額を支払う必要まではないが、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するとして、平均賃金の6割以上の休業手当を支払う必要がある場合、③賃金も休業手当も支払う必要がない場合、の3パターンに分類できます。
このうち、①の「債権者の責めに帰すべき事由」と②の「使用者の責に帰すべき事由」は、用語としては似通っていますが、前者は会社の故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由を指すのに対して、後者は、より広い概念であって、使用者側の領域において生じた経営上の支障なども含むと解釈されています。

そして、個別の事案がこの3パターンのいずれに該当するのかは、感染を疑わせる症状の内容、医師の意見の内容、職場環境(職場における他者への感染リスクの程度、感染した場合に重症化する恐れのある第三者が職場にいるかなど)、既に出ている症状により業務遂行に支障が出ているかなど、諸般の事情を考慮して判断することになるため、明確な判断基準を一般化してご案内することは困難ですが、例えば、感染の疑いが濃く、医師からは念のため自宅待機すべきと指示が出ており、もし新型コロナウィルスに罹患していたとすると死亡リスクが高いと言われている高齢の同僚や顧客などの第三者に職場で感染させてしまう現実的なリスクがあるといった事情があれば、③に分類されることもあるでしょう。他方で、多少の発熱があることのみを理由に従業員の意思に反して休業を一方的に命じたような場合には、②や、場合によっては①に分類されることもあるでしょう。
この点については、明確な基準がなく、判断は容易でないため、①ではなく②や③の対応を採る場合には、個別に専門家に相談されることをお勧めします。
なお、法的には②や③の処理が可能な場合でも、あえて給与全額を支払うことはもちろん可能であり、そのような対応が経営判断としては適切な場面もあると思われます。


Q14-2 緊急事態宣言が出ると報道されています。この緊急事態宣言が出た後に従業員を休業させた場合、会社から給与や休業手当を支払う必要はありますか。

A14-2 緊急事態宣言に基づいて、都道府県知事は、映画館・劇場のような一定の施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者に対して、当該施設の使用・催物の開催の制限や停止を要請することができます。このような要請により営業が停止された場合に、使用者は労働者に対して給与や休業手当を支払う必要があるか否かが問題となりますが、まず、このような場合、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」には該当せず、給与全額を支払う義務まではないという点には、争いがないでしょう。次に、休業手当の要否ですが、この点について、報道によれば、厚労省は、休業手当を支給しなかったとしても違法ではないと解釈しているようです。
この解釈を前提としますと、上記のような場合には、給与と休業手当のいずれの支払いも不要ということになります。

もっとも、これは、あくまで、緊急事態宣言に基づく施設の使用制限等の要請の直接的な影響を受けて休業をせざるをえなくなった労働者に当てはまるものです。このような労働者とは異なり、直接的に業務を停止するよう要請を受けているわけではない一般のオフィスで業務を行う労働者については、仮に不要不急の外出の自粛が行政から要請されているとしても、出勤自体は自粛要請の対象から外されている以上、休業手当の支払いが必要となる可能性が高いと思われます。
そもそも、一般のオフィスでデスクワークを行う労働者の多くは、使用者側で創意工夫を凝らすことで、在宅勤務でも業務を処理することが可能になる思われます。在宅勤務の実現が可能であるにもかかわらず、安易に休業をさせれば、使用者は、給与や休業手当の支給義務を負うことになりますし、それ以前の問題として、緊急事態宣言の対象地域の使用者は、労働者の健康確保及び世の中全体における新型コロナウィルスの感染拡大の防止のためにも、使用者側で費用を負担したり創意工夫を凝らすことで在宅勤務への移行が可能なのであれば、一刻も早く在宅勤務を実現できる環境を整備すべきでしょう(在宅勤務導入に要する費用を助成する制度については、Q9をご参照)。在宅勤務を実現できれば、使用者は緊急事態宣言の下でも労務提供をうけることができ、また、労働者は給与の支払いを受けることができますので、労使双方にとって利益があります。


Q15 新型コロナウイルスに関連して休業した場合には、傷病手当金が支給されることがあると聞きましたが、どのような場合に支給されるのでしょうか。

A15 業務災害以外の理由により新型コロナウイルス感染症に感染した場合には、療養のため労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から、直近12か月の標準報酬日額の3分の2相当額が、傷病手当金として支給されます。
なお、「新型コロナウイルス感染症に係る傷病手当金の支給に関するQ&A」によれば、自覚症状がない場合にも、傷病手当金として支給対象となり得るとされています。

 


Q16 従業員が業務の過程で新型コロナウィルスに感染してしまった場合、会社が損害賠償責任を問われることはありますか?

A16 会社は、従業員に対して、安全配慮義務(従業員の安全に配慮する義務。労働契約法第5条)を負っています。会社がこの義務に違反したことによって従業員が新型コロナウィルスに感染すれば、会社は、従業員の被った損害(治療費、休業損害、慰謝料等)を賠償する責任を負うことにあります。
例えば、新型コロナウィルスに感染していることが合理的に疑われる従業員が出社を続けるのを漫然と放置し、同僚への感染予防策も不十分なものであったため、同僚に新型コロナウィルスが感染してしまったような場合には、安全配慮義務違反と判断される可能性が高いと思われます。


Q17-1 従業員が、オフィスで隣の席に座っている同僚から新型コロナウィルスをうつされてしまったようですが、業務災害として認められますか(労災保険の給付の対象になりますか)?

A17-1 新型コロナウィルスへの感染と業務との間に相当因果関係があれば、業務災害として認められます。
2009年に新型インフルエンザが流行した際に、厚労省は、「一般に、細菌、ウイルス等の病原体の感染によって起きた疾患については、感染機会が明確に特定され、それが業務又は通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、保険給付の対象となります」と取り扱いをしていました。したがって、(感染経路の特定は実際には容易ではないかもしれませんが)、今回も、もしオフィスで隣の席に座っている同僚から感染したと特定できれば、相当因果関係が肯定され、業務災害として認められると思われます。


Q17-2 従業員が、出張中に新型コロナウィルスに感染したようですが、業務災害として認められますか(労災保険の給付の対象になりますか)?

A17-2 一般論として、出張中は、通常の事業場内での労働と異なり、危険にさらされる範囲が広いため、出張中の災害は業務災害として認められやすく、通常の宿泊中の事故や食事による中毒死なども、特段の事情がない限り、業務災害に該当すると解されています(厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課編『労働者災害補償保険法』〔七訂新版〕170頁)。
したがって、出張中に新型コロナウィルスに感染したことが特定できれば、通常は、業務災害として認められると思われます。

 


Q18 新型コロナウイルスの影響で、業績が悪化していますが、正社員を解雇して人員削減をすることは可能でしょうか。

A18 業績悪化を理由とする解雇(いわゆる「整理解雇」)は、当然に許容されるわけではなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効となります(労働契約法第16条)。そして、その有効性を判断するにあたっては、①人員削減の必要性の有無と程度、②解雇を回避するための努力を尽くしたか否か、③解雇の対象者の人選が合理的であるか否か、④解雇の手続が相当であるかという4つの要素が考慮されることになります。
したがいまして、解雇を実施する前に、これらの要素を充足できているかどうかを慎重に検討することが望まれます。


人事・労務 横木 雅俊 法務情報